フランツ・シュミット/交響曲 第4番
フランツ・シュミット/交響曲 第4番
Schmidt: 4. Sinfonie ∙ hr-Sinfonieorchester ∙ Paavo Järvi
交響曲第4番ハ長調は、フランツ・シュミットが一人娘の追悼のために1932年から翌1933年にかけて作曲した交響曲である。この曲は1934年1月10日にウィーンのウィーン楽友協会演奏会にてウィーン交響楽団により初演された。
フランツ・シュミット
プレスブルク(現在はスロヴァキアの首都ブラチスラヴァ)に生まれる。ピアノを短期間テオドール・レシェティツキーに学ぶが、そりが合わなかった。1888年に家族と共にウィーンに転居し、ウィーン音楽院にて作曲をロベルト・フックスに、チェロをフェルディナント・ヘルメスベルガーに師事、1896年に「優秀賞」を得て卒業した。ウィーン宮廷歌劇場管弦楽団にチェリストの座を射止めて(しばしばマーラーの指揮の下に)、1914年まで演奏した(同オーケストラに就職する際、13人のライバル候補を蹴落としたといわれる)。1925年にウィーン音楽アカデミー理事に、1927年には院長に就任。健康の悪化に伴い、1937年初頭にアカデミー辞職を余儀なくされ、1939年にペルヒトルツドルフで他界した。
なお、同時代のフランスの作曲家フローラン・シュミットとの区別の必要から、両者ともに氏名を省略せずにカナ書きすることが通例である。これは、名前のイニシャルと姓だけ(F.シュミット)では両者の区別がつかないことに

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